私の展覧会鑑賞記

 

展覧会リスト > さ行の展覧会 > シーボルト・コレクション 日本植物図譜展

 

No.0273

投稿日時 1月17日

展覧会名 シーボルト・コレクション 日本植物図譜展
会場 小田急グランドギャラリー 
会期 2002年12月27日〜2003年1月12日
投稿者名 みーちゃん
鑑賞日時  1月 8日(水)15:00
感想 先週、1月8日の昼休みに、小田急百貨店へシーボルト・コレクション「日本植物図譜展」を見に行った。植物図譜は、以前から荒俣宏や澁澤龍彦の本で見慣れていたし、例えばリンネなどが描いた図譜が極めて高価な値段で取引されていることも、それらの本で知っていた。むろん、それらは印刷物の形の手彩色銅版画が殆どで、原画が残っているかなどは書かれていない。
今回は、シーボルトが来日して、日本の絵師たちに描かせた植物画のうち、厳選されたものを見ることができる、しかもそれらは芸術的にも優れている、と言われていただけに期待をもって出かけた。まず、予想以上の人出だが、決して作品が見えないというほどのものではない。人込みをやり過ごして、もう一度戻れば、殆どの作品を一人だけで見ることができる。
作品の状態は、きわめていい。150年以上が経ったとはいえ、絵の具の状態、葉脈の一本一本までを見ることができる線など、銅版画ではなく原画と考えると、よく保存されていたものだと思う。しかし、芸術という点ではどうだろう。先ず、それはそれらを見ている人の反応を見れば分る。見ている人の大半は、中年以上の女性たちだが、彼女たちは画面に書かれた花の名前を徹底的に確認するのである。
これはオモト、さっきのはタマノカンザシ、あれはトリカブト。上手だ、素敵、綺麗などという声は殆ど聞かれない。それは私も同じだ。これは、シーボルトが望んだ形式に則ったものである。だからあくまで植物図鑑。芸術というには、あまりに形に嵌り、しかもその形式は芸術的ではなく博物学的なものだ。
そのせいか、個性は殆ど感じられない。川浦慶賀、清水東谷など絵師別に分けられて展示されているが、絵師紹介の文が無ければ、同一人物が描いたと言われても何の疑問も感じないだろう。それは芸術作品ではありえないことだ。不親切だったのは、技法や当時の絵の具などについて、殆ど紹介がないこと。せめて会場の片隅にでも、作品を描いた道具や絵の具を置いて欲しかった。それから、絵師ごとに纏めた、ということで手を抜いたのだろう、一つ一つの作品に描かれた時代や、描法の表記がない。同じ言葉の繰り返しになったとしても、やはり個別表記は必要だろう。
ただし、面白かったコーナーもある。同じ植物を描いた図譜だが、日本人の手になるものと、西洋人の描いたものを並べた展示、やはり密度という点では、向こうの人の図に一日の長がある。画面構成でも、若干淡白なのが日本人。ただし、日本人には作者名を入れ、西洋人のものは無記名で済ませるという無神経さは頂けない。博物館で見せるような、展示の工夫が欲しかった。やはり、図譜は額縁に入れて見るものではなく、本にして利用するものという気がする。だから、図録は充実している。

 

 

No.0269

投稿日時 1月12日

展覧会名 シーボルト・コレクション 日本植物図譜展
会場 小田急グランドギャラリー 
会期 2002年12月27日〜2003年1月12日
投稿者名 コアラ
鑑賞日時
感想 先日はシーボルト・コレクション日本植物図新譜展のチケットをありがとうございました。
現在ではカメラの普及や、コピー機、スキャナー等 便利な機器に囲まれ「ものをじっくり見る」という習慣が薄れてしまったのでしょうか?植物図の一枚一枚本当に細かく描いてあるのには驚きました。そうそうこんなだったと感心ばかりしていました。色合いもとてもきれいでした

 

 

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