私の展覧会鑑賞記

 

展覧会リスト > あ行の展覧会 > エカテリーナU世のセーブル磁器展

 

No.0280

投稿日時 2月24日

展覧会名 エカテリーナU世のセーブル磁器展
会場 日本橋三越本店7階ギャラリー
会期 2003年2月11日〜2月23日
投稿者名 匿名希望
鑑賞日時  2月21日(金)15:00
感想 はるか遠いロシアからやってきた品々を前に私はただうっとりするばかりでした。
何ともいえないつや、丁寧に描かれた絵柄の模様。
どれもこれもすばらしく、エカテリーナ2世の権勢をまざまざと感じました。

 

 

No.0279

投稿日時 2月24日

展覧会名 エカテリーナU世のセーブル磁器展
会場 日本橋三越本店7階ギャラリー
会期 2003年2月11日〜2月23日
投稿者名 プシュケーの母
鑑賞日時  2月22日(土)14:00〜15:00
感想 この日、暦の上では春だというのにどんよりと垂れ込めた雲は重厚感をもって地上に重くのしかかっていた。それでも一旦地下鉄に乗り込んでしまえば、外の風情をすっかり忘れて何の憂いもなく会場まで乗り入れてくれるから、会場が日本橋三越だったことはうれしかった。しかし、7階ギャラリーまで一気にエレベータで上がっていくと、昼食を済ませた来場者たちが、まだその匂いを体中プンプン匂わせながら、続々と「セーブル磁器展」入口に殺到しているところだった。最終日前日という日取りも影響していたか…。
「まー、こんなに混んでるなんて…」「セーブルってこんなに人気あったのねー」特に、オバサマ集団の目立った会場内では、「セーブル」と「マイセン」の相違すらわからないのではないかと思われるご婦人方が、口々に客の入り具合に感嘆の声を挙げている。「あっても亭主には(価値?)分からないから、宝の持ち腐れよねー」とノタマウ声も聞こえてくる。これは、「うちにもあるわよ」という意味なのか、それとも「私には価値が分かるんだけどね」という意味なのか判断に難しく、その真意を確認するべく、作品に視線を落としながらも左右に耳を忙しく動かしていた次第だったが、結局、人の波と一緒にその声は遠方へ流れていってしまった。
とにもかくにも、人ごみを掻き分けての鑑賞ではあったが、それでも目を引く磁器というのはあって、「マイセン」といえばブルー(群青も含めて)が定番だが、その中でグリーンの群れを目にしたときには、その珍しさに目をみはった。目をみはった理由は、珍しいからだけではなかった。珍妙に映ったのだ。幾多の気品香るセーブルの美の中にあって、それはちぐはぐな、はっきり言えば下品な色とさえ言えるくらい奇妙に浮いていた。解説には、「グリーンは珍しい」と評されている。作品の数が非常に少ないのだ。でも正に、そこに結論があるように思われる。思うに、人気がなかったのだろう。濃く塗ればやぼったく、薄く塗れば焼き斑だらけになるグリーンに、貴族達は眉をひそめて顔を背けたに違いない。
さて、磁器も食器から花瓶に移り、更に進むと、あら珍しい、マイセンばりの「置物」が現れた。マイセンのような精緻さはないが、逆に大地に根を下ろしたようなどっしりとした厚みのある人形に目を奪われることになった。それら寸足らずの人形には未だ彩色が施されておらず、作品としても若干中途半端なきらいがなきにしもあらずだったが、その作品の中にひとつ、どうしても私の心を放さない人形があったのだ。その人形は「プシュケー」と名づけられ、うつむき加減に恥じらいながら鑑賞客の前に愛らしい姿で鎮座していた。そして私は気がついた。マイセンの置物を模倣しつつも、マイセンでは表すことができない表情をセーブル磁器職人たちは模索したのではないかと。
私は、作品の中に、磁器というよりも石膏の置物のような表情を見出していた。この作品群が完成していたならば、セーブルの置物にどれほどの価値がついたことだろう! そう考えながら、「プシュケー」に見入っていたら、プシュケーの頬に赤みが差したように見えた。

 

 

No.0278

投稿日時 2月23日

展覧会名 エカテリーナU世のセーブル磁器展
会場 日本橋三越本店7階ギャラリー
会期 2003年2月11日〜2月23日
投稿者名 匿名希望
鑑賞日時  2月22日(土)12:30〜13:00
感想 この度は、鑑賞券をお送り頂きありがとうございました。すばらしい磁器の数々を拝見することができました。時間の都合上、ゆっくりと拝見することはできなかったのですが、楽しい時間を過ごすことができました。磁器展としてでしたが、私の印象に残ったものは、ビスキュイの彫刻の方でした。数は少なかったのですが、どれもすばらしいものばかりで感動しました。このような機会をいただき本当にありがとうございました。これからもよろしくお願い致します。

 

 

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